コアラのこころ

日々の出来事と日用品と心の整理

修行中の後頭部ほぐし

下瞼の腫れは引いてきてあと一息というところです。以前はドライアイがひどく目薬を常用していたのですが、かえって乾燥を招くと聞き、もう何年もさしていません。不思議なもので、常用中は無くなると「早く買わないと」と思うのですが、いったん断つと今度は副作用が起きたらどうしようとか、自然治癒力を弱めないかと服用を躊躇うのです。同じ物事に対して向き合い方が180度変わるということはよくあり、そのきっかけは案外あっけないものだったりもします。

首こり解消アイテムとして頭ほぐしも活用しています。専門家によると後頭部の緊張を緩めることで首筋から背面の凝りを解消できるのだそうです。左右の穴に指を入れ左右に揺すって使います。




辛い状況にあると、自分を嘆き、責め、このままではいけないと焦った後、その脱出の難解さを知り絶望します。しかしその必要はありません。私達は修行中の身なのです。修行というのは苦しくて辛いもので、それゆえ成り立つのだと。そして修行の終わりは死ぬ時であり、今苦しいのは当然だと。

辛い経験をたくさんした人は、死を恐れることなく自らの人生に自信と誇りをもって生きることができ、もし他人に嫉妬や焦りを覚えることがあるとすれば、自分より苦労をしている人に会った時なのです。


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小学校で唱えた呪文

昨日の温感湿布のおかげで良く眠り、朝までじんわり効いてました。まだものもらいで下瞼が腫れているので昼前にはまたこりはじめました。



この器具は弾力があり左右広げるとちょうど凝り部分が揉み解せます。首に挟んだまま壁にもたれて本を読んでいます。




小学校で先生から言われたこと

規則正しい生活を心がけましょう

みんなで使うものは大切に扱いましょう

ゴミはゴミ箱に捨てましょう

相手の気持ちになって発言しましょう

誰かが話しているときは静かに聴きましょう

困っている人がいたら声をかけましょう

悪いことをしたら素直に謝りましょう

感謝の気持ちを伝えましょう

命を大切にしましょう


もし、大人になったみんながこれを実践して、もし、出来ていないときは注意してくれる誰かがいて、そしたら世界はきっと優しい場所に



毎年教室に掲示され、事あるごとに呪文のように唱えさせられていたのは、社会でこれらを実践するのは本当に大変なことで、生きていくにはとても大切なことだったからなんだ。



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ものもらいと首こりと

スマートフォンを使い出した頃から、かれこれ何年も首こりです。頭と首の境界の右側がピンポイントでこってます。



整体へ行ったり、ストレッチをしたかいもあり、自分で「コキッ」と一時的に緩ませることができるようにはなったのですが、PCやデスクワークをしているとすぐに固まってくるやっかいものです。


目が乾いたり痛みや違和感がある時は首こりが増します。


そんな時はビーエスバン温感パッチを貼ると熱くなってほぐれます。先日、中の湿布を別袋で保存していたため、商品名を失念してしまい特定に時間がかかってしまいました。



また、天候が悪い時は首こりの箇所が頭痛のようにドクドクずきずき痛みます。


その時はこの湿布をはるかに頭痛薬を飲むかで治ります。


この湿布があって本当よかったな〜@(・●・)@




今日コロナ関連のニュースで身寄りのないフリーターさんが「こういう時、帰る家も頼る肉親もいなくて辛い」とおっしゃっていました。確かに精神的、経済的に頼れる身内がいるということはとても心強いことです。生まれた環境に関しては全く本人に落ち度はありませんし、もし自分が何か恵まれていると感じることがあればその恩恵を社会に還元することが責務だと思います。


愛情に恵まれたひとは孤独な者に優しさを


お金に恵まれたひとは困窮者に分け与え


学力に恵まれたならば弱者に知恵を


健康ならばそうでない者の代わりに働き、


何もないと感じるひとは社会からあらゆる恩恵を受けるべき者であり、仮に道を踏み外してしまったなら、あなたが罪を償うと同時にあなたに社会の孤独と不条理を押し付けたことを人々は自覚しなければならないのです。それが恵みを分け与えられる者の責務であると思うのです。


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